TOHOシネマズ高知で「ハウルの動く城」

ビジュアルは素敵だけど…


いまごろようやく観てきてしまった。
ここ何作か、ジブリものは公開から日が経って、
空いた頃に行くことにしているが、今回も作戦成功だった。
きれいで大きなスクリーンの前の客席には、たった5、6人。
いや、ある意味理想の映画観賞だったね、とひとりほくそ笑む。


で、映画はどうだったか、というと、まあどうでもいいやって感じ?
個人的には「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」がベスト3。
ちょっと落ちて「もののけ姫」という風に考えているのだが、
以上4作から比べると、もう足元にも及ばない。
いや、駄作とかいわないが、凡作とはいいたい。


なにがどう物足りないか、っていえば、まずは倍賞千恵子の声の演技。
思い切っていうけど、最低だ。
ばあちゃんの演技はともかく、若いソフィーに関してはあまりにもムリありすぎ。
溌剌としない年寄りくさい暗い少女、ソフィーの声もヘンなら、
年寄りになってなぜか溌剌としてるばあちゃん、ソフィーは演技過剰。
この人、女優としてのどうこうについてはいうつもりないけど、
声優としては、あまりにも稚拙で、耐えられなかった。


キムタクの声、ですか?
そっちは初めから覚悟していたので、そこまで気にならず。
少なくとも、倍賞千恵子よりましじゃないの?
美輪明宏はまあまあ。我集院達也もどうかなぁ、あんまり評価したくない。
そう、結論をいうと、〝演技〟に関しては、ダメ出し、だ。


一方、物語に関していえば、
呪いでおばあちゃんに変えられた、ソフィーの抱える問題の描写が中途半端。
感情の動きで、若返ったり、再び年老いたりするのは、
たぶん、呪いを解くカギ=自らを縛る無気力感、というか、目的意識の欠如、
なんだろうけど、それが物語のついでっぽく描かれるので、
観ていてもあまりソフィーに感情移入できない。
ほかにも、主人公のハウルとか、ソフィーを助けるカカシの〝カブ〟だとか、
呪いはそこかしこに出てくるのだが、これがどれも中途半端。
その呪い解くのが大事なのに、解決に向けての書き込みが足りない。
キャラクターそのものの書き込みも不十分だから、
消化不良感はもう、かなりのものになる。


たぶん、いろいろ詰め込みすぎたからだろう、とは思う。
別に宮崎駿はこの映画を、心の底から作りたかったんじゃないだろうし(想像)
ジブリの運営上、何かを作り続けなくてはいけないんだろうから(想像)、
何となく気になるものを持ってる物語を映画化して、
キャラクターグッズ作ったり、
スポンサーがキャンペーンに使いやすいような手直しをしたり(想像)、
で、できてしまったのが、この〝作っただけ映画〟なんじゃないだろか。


もちろん、動く城のビジュアルはとても印象深いし、
一面の花畑の上空を飛ぶ、武骨な戦艦のシーンとか、
これまでの宮崎駿らしい、こころときめく要素は決して少なくない。
だが、その統一感とかはほとんど感じられない。
年に2、3本も映画を観ないような、
(映画を観るには)集中力の足りない、一番安直な観客層が、
とりあえず何となく喜びそうな、雑多な詰め込み方にしか見えない。


で、この映画のティーザー予告を観た時に感じたことを思い出した。
かなり暗い予告だった。凄惨な戦いのシーンが描き出され、
〝魔法使いは、愛する人を守るため、
悪魔に魂を売って、怪物になる。そして…〟みたいなナレーション。
実はこれを観た時、けっこう期待が膨らんだ。
宮崎駿は「もののけ姫」を作る時に最後の情熱を注ぎきった、みたいな部分を、
僕的には信じてるけど、またひさしぶりに本気で(想像、ですよ。想像)、
映画を作ってみようと思ったのかな、と。
ちなみに、僕的には「千と千尋…」は、
単なるキャンペーン&キャラクターグッズ販促映画でしかない。


話を戻すと、
その暗い物語のイメージは、本予告になった時、一気に払しょくされた。
〝元気な90歳のおばあちゃん!〟みたいな感じで、
戦争の暗い影とか、魔物たちのイメージは全然なし。
ちびっ子(死語)のみんな、観てね、みたいな、
陳腐な予告に変わっていた。


僕が想像するに、たぶんティーザーの評判が悪すぎて、
もっと、商売になる作品にしろ、ということになったのではなかろうか?
リエーターとしての宮崎駿以上に、
ジブリの行う事業としての経済効率を考えたのでは、というのが僕の想像。
本当にいい映画作るより、
CMバンバン流して、宮崎ブランドで客を集めて、
そこそこの映画出しておけば、ジブリも、徳間書店も、経営安泰なのかも。


だから、本当に書きたかった(想像)、
魔法使いたちの哀しみとか、戦争の抱える矛盾だとか、
そんなあたりを削り、もっと〝商売になる〟映画にしてしまったのかな、と。
大きくなりすぎたが故の悲劇、というのかなんというのか。
こういうのを全部勝手な想像で書いて、感慨にふけるのもなんだが、
凡庸な出来の宮崎映画を観るたびに、
「ああ、あのころは…」と、寂しさを感じずにはいられないのだった。