浅田次郎「霧笛荘夜話」

サイン本があったのは、恵比寿の有隣堂



買ってみたら、サイン本だった。それも落款?付き。ご親切にどうも。
いや、浅田次郎の作品好きなんだけど、あのオジさんの顔思い浮かべると、
サインは別にいらないなぁ…。こんどからは、ちゃんと見て買おうっと。


暗い運河のほとりにある、陰鬱で奇妙な意匠のアパート、霧笛荘。
その女主人が、かつての住民たちの想い出話を語る連作だ。
纏足の老婆が語る物語は、
うまく生きられないけど、うまく死ぬこともできない女の話、
裕福でも何かに縛られた人生を振り捨て、自由を得た女の話、
自分なりの信義を通した、不器用な半端やくざの男の話、
故郷を棄て、ロックスター(アーティストじゃないよ)を目指した青年の話、
男たちに利用され、男に見切りをつけたオナベの話、
洋行帰りの元船長を演じ続ける、特攻隊の生き残りの話、
最終話では、そんな霧笛荘の住人たちと、これまた不器用な地上げ屋の話。


全般的にはやるせなさ、とか切なさが漂う、
浅田次郎っぽい感じが味わえる一冊だ。
とはいっても、短編に限るのかな。長編はそこまで読破してないし、
どうも読んでてちょっと短編のテイストとは違う感じだから。
で、この作品も匂い立つばかりの〝浅田節〟が漂うのは、
ロック青年の「瑠璃色の部屋」と、オナベの「花が咲く部屋」。


「瑠璃色の部屋」はこんな感じだ。
故郷を棄てる際、家族を裏切って協力してくれたすぐ上のねえちゃん。
美ぼうを持ちながら、足が悪くって、上の姉ちゃんから煙たがられる存在だった。
コンサートで遅くなって帰れず、ねえちゃんと、札幌で過ごした夜の思い出は、
危険なにおいを漂わせながらも、切ない気持ちをわき立たせる。
「花が咲く部屋」は、踏み付けられた少女の悲しみが、また胸を締め付ける。
借金をこさえて逃げた父、妹の給料を前借りしていくろくでなしの兄。
そんな2人を抱える少女を、さらにしけたカネで慰み者にする、町工場の社長。
いや、最悪の人たちに囲まれながら、あきらめたように生きる少女。
もう、痛くって、読んでいるだけでつらくなる。
浅田節、うなりをあげてます、ってトコだろうか。


ただ、微妙に物足りないトコもないわけではない。
ちなみに僕の大好きな浅田節漂う短編は、
鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)」収録「ラブ・レター」とか「姫椿 (文春文庫)」収録の「シェ」とか。
もしくは、やや長編だけど浪花節を極めた「天国までの百マイル」。
鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫) 姫椿 (文春文庫) 天国までの百マイル
こういう、クドいまでにクサいストレートな話を、すごくベタに描きながら、
もう読み出したら涙止まらない、みたいなうまさに、確信犯で溺れる。
これこそが浅田次郎の短編の楽しみだろうな、と僕は思う。


それと比べると、この2編すら、〝徹底的なクサさ〟や〝最後に報われる〟感は薄い。
人生の哀しさとか、切なさを訴えるには、
人物描写をもっとクールに、突き放して、それもボリューム持たして描くべきだし、
浪花節を貫くにしては、
「人生捨てたもんじゃない」ってとこがわずかに足りない気がする。
ましてや、残る5編は、
中途半端に人生の悲哀をテクニカルに描いた感が強くて、ノレない。
もしかしたら、マンネリを嫌って、意識的にスタイル変えたのだろうか?
一般的には評価高いかもしれないけど、
浅田次郎の短編読んで、こんな泣けなかったのも久しぶりだ。
ううん、せっかく涙をため込んでおいたのに、残念。
いや、勝手にため込んだ僕が悪いんだけどね。