バランスいまいち「真夜中の神話」

いや、悪くはないですけど…

真保裕一の最新作「真夜中の神話」。
長い長い待機時間を利用し、ちゃっかり仕事中に読ませていただいた。
ホント、いい職業とも思うが、こういう待機時間に、いくら本読んでも、
人生の浪費、という思いは、ぬぐえない。きー、悔しい。


ま、それはおいといて、あらすじはこんな感じだ。
世界各所で、まことしやかに伝えられる「奇跡の治療」。
その調査でインドネシアに向かった、大学研究員、栂原晃子が、墜落事故に巻き込まれる。
瀕死の重傷を負い、山奥の村に担ぎ込まれた晃子は、村でその「奇跡の治療」を受ける。
奇跡を生み出すのは、村で「特別な存在」として崇められる少女の、その歌声だった。
「吸血鬼伝説」を演出し、外界からの隔絶を願う村人たち。
しかし、街に戻った晃子たちに、吸血鬼伝説にまつわる猟奇殺人の報せが入る。
村に迫る魔の手を警告するため、そして奇跡を調査するため、晃子たちは、再び村へ向かうのだった。


最大のテーマは、「奇跡の治療」つまり、秘蹟だ。スケールはとてつもなく大きい。
神の領域にまで踏み込んだ、なかなか大胆なテーマになっている。
イルカやコウモリなど、超音波を使う動物の力や、アルファ波、シータ波の影響など、
秘蹟の原因となる部分の解明も非常に面白い。
面白いんだが、ストーリーはいまいち盛り上がらないのだ。そこがこの小説の問題点。
もしかしたら、落ち着かない環境下で読んでたもんで、僕の問題かもしれないけど。


ここ最近のエンタテイメントの特徴って、ハウツーというか、ノウハウというか、
あまり知られていない分野の専門的知識をリサーチした上で、
ストーリーという縦軸と、蘊蓄という横軸を絡め、膨らますというのが大きな潮流になっている。
長い文章書いてるな、疲れた状態で書いてるからだ。困ったもんだ。


少し寄り道したので、話を元に戻すが、
その近年の潮流の代表的な作家が、日本では真保裕一だと思う。
いや、ほかにもたくさんいるはずだが、疲弊したいまの脳細胞が思い出せるのは、この人だけだ。
僕が読んだのでいえば、「奪取」では偽金づくり、「ストロボ」では写真技術、
「黄金の島」ではアジアから見た金満ニッポン、「ホワイトアウト」ではダムの工学的知識や登山。
僕は読んでないが、「取引」とか、小役人シリーズとも称される作品群などもそうだ。


そして真保裕一のすごさは、その蘊蓄とストーリーのバランスの絶妙さにある。
そのさじ加減が、小説に膨らみを持たせ、
ストーリーの回転をよくし、蘊蓄のわかりやすさにもつながる。
少なくとも、ここまで僕が読んだ小説はどれもそうだった。
じゃあ、今回どうだったか、という点になるわけだが、これがいまいちに感じた。
秘蹟の解釈の面白さに、晃子の冒険譚がついていけてない。
ちょっと重めでスケールの大きい蘊蓄に対し、ストーリーのダイナミズムが不足しているのだ。
少なくとも僕は、そう思った。ファンの人、ごめんなさい。


まあ、毎回毎回、震えるような傑作を書くのは無理だろうし、
真保裕一だから、期待度が高すぎて、こんなことになってしまったとも思う。
第一、読んでいる人間の集中力に、きょうは明らかに問題もあった。
だから、月日が経ってもう一回読み直したら、
「何であの時は、この面白さがわからなかった」と、思い直すかも知れない。
でも、あくまできょう読んだ限りでは、やや不満も残る出来。
ま、それでもきょうの仕事ほど、何かを浪費した、ムダにした、とは思わないんだけどね。
ああ、もう仕事のグチになっちゃった。いかんいかん、楽しいことを人生の中心に♪
だから、きょうはこれにて終了。