小川洋子の味わいしみじみ「ホテル・アイリス」

本は小川洋子の「ホテル・アイリス」ホテル・アイリス (幻冬舎文庫)
博士の愛した数式」でブレークした作者の96年作品。
「博士〜」では鳴りをひそめていた、この作者の味が濃いめに出てる。
そう、芥川賞受賞作の「妊娠カレンダー」ISBN:4167557010
最新作「ブラフマンの埋葬」まで作品中に脈々と流れる、
「悪意」と「不安」そして「恐怖」だ。
博士の愛した数式 ブラフマンの埋葬


海辺に立つ古びたホテル・アイリスの描写、
経営者でもある心根のねじ曲がった母、
粗暴さと、おどおどした態度を併せ持つ初老のロシア語翻訳家。
そして17歳の〝わたし〟。
ある日、ホテルで娼婦ともめた男は、娼婦を怒鳴りつけ、部屋からたたき出す。
その時のチェコかホルンを思わせる声に、興味を持つ〝わたし〟。
そして、その日から男との奇妙な関係が始まる。


ふだんおとなしい男は、ベッドに入ると性格が一変する。
簡単にいうと、サドだ。縄を使い、言葉を使い、暴力を使い、〝わたし〟を支配する。
そこには、いわゆるめくるめく官能の世界、というやつが展開する。
実際問題、そちらには興味ないのだが、
こうして小説の世界で読むと、 ほんとエロチックだ。


この男の身勝手ぶりは際立っている。
しかし、〝わたし〟はそんな安っぽさに、羞恥を覚え、かえって興奮する。
いや、実際の世界にもこういう人が実在する、と聞くから、つくづく男女の仲って深いな、と思う。
ちなみに男が、娼婦を買う理由。
翻訳の仕事を終え、原稿をポストに入れる。その瞬間、
「発作のように恐ろしさが襲いかかってくる」。
それは「淋しさではなく、空気の割れ目にすーっと吸い込まれていく感覚」。
そして「その恐怖から逃れるために女を買うんです」。すごい飛躍だ(笑)。
だが、その後の説明は続く。
「生々しい肉体の欲望に没頭することで、自分がまだここにいることを確かめる」。
さいですか(笑)、わかったような、わからないような…


まあ、終始こんな感じの雰囲気が漂う中、
〝わたし〟が、この奇妙な愛におぼれていく様子が、
赤裸々に(これほど陳腐な表現もないな…)描かれる。
こうして考えると、つくづく小川洋子っぽい小説だ。
ひさびさにその世界にはまり、満喫した。


そういえば、この小説、ハードカバーは絶版。
幻冬舎文庫版も長らく、在庫切れが続いていた。
昨年の「博士〜」の大ヒットで、夏ごろ重刷がかかったようだ。
しかし、相変わらず幻冬舎文庫って、カバーの写真は微妙。
奥田英朗の「延長戦に入りました」での、
どう考えても、よんどころない事情で〝延長戦〟に入れず、もめてる二人、
みたいに、けっこうずれた感覚の写真が使われている。
延長戦に入りました (幻冬舎文庫) ま、それも味なのかも知れないが、やっぱり、ね…
一日仕事の大騒動を終えて、24時前の帰宅。
アドレナリンたくさん使った気がする。長い一日だった。