新たなフェイヴァリット作家さん

絲山秋子「海の仙人」を読んだ。海の仙人


いい。かなり、いい。すごくいいかも知れない。
絲山秋子は、独特の風合いが際立つデビュー作「イッツ・オンリー・トーク」を読んで、
「これはお気に入りの作家になるかも」と、予感を持ってた。
イッツ・オンリー・トーク
主役は「直感で」蒲田に引っ越しを決めた元鬱病患者の橘優子。
鬱病仲間のヤクザや、幼馴染みでED(まあ、ひらたくいうとインポ)の市議会議員候補、
出会い系サイトのサクラで出会った〝痴漢〟たちとの、不思議な交流が描かれる。


日常というには、刺激的に過ぎるし、事件というのには劇的じゃない。
キング・クリムゾンの「イッツ・オンリー・トーク」が、この物語を集約する。
「ただのムダ話」。
何か、いい小説だった。


今回の「海の仙人」でも、音楽の描写がひとつの特徴になっている。
「恋は焦らず」なんて、うまく使われているし、
トム・ウェイツジェームズ・ブラウンとか名前も出てくる。
シェリル・クロウを歌うストリート・ミュージシャンなども登場する。
66年生まれの著者の趣味全開、という感じでなかなか楽しい。


敦賀の海辺で、まるで仙人のように暮らす河野と、
歳上のキャリアウーマン(こう書くと、微妙な響きだが)かりん、
そして河野に想いを寄せる、片桐。
3者の恋模様までいかない、淡い感じの恋愛ドラマのスパイスとなるのが、
「ファンタジー」と称する〝神様の端くれ〟だ。


これがまた、笑ってしまうくらいに役に立たない。
その上、すごくテキトーな人格(神格?)だ。
いきなり登場して「居候に来た。悪さはしない」だから、もうたかが知れている。
だから、いい具合に雑に扱われる。
カーティス・メイフィールドを聞いて「この人は俺さまより偉い」。
そうつぶやくと河野は「たいした神様じゃないな」。
佐渡島でトキに会った時、
〝日本のトキはその誇り高さとともに滅び行くのです〟と老鳥がつぶやいた」
と嘘くさい話を披露すると、片桐が「あっ、とんびだ」。


だが、その雑に扱われる感じが、この「ファンタジー」のよさでもある。
物語は後半、非常にヘビィな展開になるが、この存在がすごく救いになる。
といったって、「ファンタジー」は何もしない。「自分を救うのは自分」。
きっぱりといってのける。
孤独と向き合い、人生を受け入れる。
重いけど当たり前の事実を突きつけられても、「まあ、何とかなるさ」。
そんな感覚を思い出させてくれる、味わい深い作品だった。


そんなしみじみ感とともに、
また、フェイバリットの作家が増えたな、という喜びを抱きつつ、本を閉じた。
絲山秋子、次回作は川端康成文学賞獲った「袋小路の男」らしい。
http://www.kawabata-kinenkai.org./bungakusho.html
楽しみにして待ちたいな、と。