天使じゃない、人間のアリス

虹の家のアリス 加納朋子 文藝春秋

加納朋子「虹の家のアリス」。ISBN:4163213805
2002年10月刊だ。読むの遅くてすみません。
文庫になるの待とうか、悩んでました。



早期退職制度を利用して、念願の探偵事務所を開いた仁木順平と、
探偵志望の美少女助手、市村安梨沙の活躍を描いた、
日常系ミステリー連作「螺旋階段のアリス」の続編だ。螺旋階段のアリス (文春文庫)


もちろん、探偵事務所は常に閑古鳥が鳴いている。
順平の腕前の方も、ちょっといまいち。
安梨沙は、順平を遙かに上回る探偵センスと、営業能力と、
午前午後のお茶で(?)、事務所を支えている。


ある意味、中年以上のオトコのファンタジーの世界だ。
脱サラして、憧れの職業の世界に飛び込む。
若い娘が(恋愛感情抜きにしても)慕ってくれ、パートナーになってくれる。
その上、自分の能力不足を補ってくれるというのだから、たまらない。


まあ、優秀で有能な女性と(程度にもよるが)無能なオトコの組み合わせ、
というのは、〝女性がオトコを引き立てる〟という古い設定を思わせる面はある。
だが、「不思議の国のアリス」をモチーフにした連作の独特の雰囲気が、
古い時代の因習があまり浮き彫りにはなってこない。
そこはやはり、うまさなのだろう。
それもまあ、いってみれば危険ではあるのだが、ここでは置いておく。


「螺旋階段〜」はとても面白い小説だったが、ちょっと不満があった。
安梨沙のかわいらしさ、優秀さが引き立つ一方で、
その独自の我が出ていない、というか、酔狂というレベル以上の部分が、
いまひとつ明確に見えてこない点だった。
いや、僕の読解能力の問題かも知れないが…


だが、今回の「虹の家〜」では、その安梨沙の内面がより詳細に描かれている。
安梨沙が居候先でもある、順平の長女、美佐子が問い掛ける。
「探偵って結局人のために何かをする仕事だよね。
そして、わたしのために家事をしてくれて……
でもあの子、自分のためにしたいことってないのかしら」


だが、安梨沙は子供の頃の、ある出来事を通じて
「人間にも、物事にも、思ってもみないような可能性が……
そして探偵っていうのは、事件の誰も思っていないような可能性を探る仕事でしょう?
だから、面白いんです」。
順平は「君は〝理想の探偵助手〟を演じている訳じゃないんだね」。


そう、彼女はオトコに尽くす都合のいい〝天使〟なんかじゃなかったのだ。
一人の人間としての安梨沙の魅力がこれで大きく膨らんだのだと思う。
ほかにも、安梨沙や順平の人間的な側面がうかがえるエピソードが、
ふんだんに盛り込まれたこのシリーズ第2作。
キャラクター設定の発想の面白さが光った前作に、こうした肉付けができたことで、
ますます、このシリーズへの愛着がわいてきた感じだ。


しかし、札幌まで来て本ばかり読んでいるわたくし…
何か、もっと有意義なことしろよ、と突っ込んでやりたくなるが、
まあ、性分なんだろうな。観光地行くのもめんどくさいし。