梅田ブルク7で「エミリー・ローズ」

mike-cat2006-03-17



最近までテレビでかかっていたスポットCMで、
?悪魔のイナバウアー?がやたらと恐ろしい、アレである。
「この映画はホラーではない、実話である」といってるが、
実話が基になっていても、ホラーであることには間違いない。
しかし、この映画の斬新なところは、そこじゃない。
エクソシスト」系ホラー+法廷サスペンス、というジャンルミックスにある。


舞台はアメリカの田舎町。
19歳のエミリー・ローズが、無残な姿で変死した。
原因不明の痙攣と、幻覚に悩まされていたエミリーは、
知らないはずのドイツ語、アラム語などを口にし、悪魔憑きのような行動を繰り返していた。
エミリーと家族は悪魔祓いに望みを託すが、結果は失敗。
必要な医療を施さなかった、としてムーア神父は過失致死罪に問われた。
裁判の争点は、悪魔祓いが適切な処置だったのか−。
史上、類を見ない裁判が始まろうとしていた。


ジャンルミックス、というと聞こえはいいが、
たいていの映画の場合は、中途半端、という結果に終わることが多い。
だが、この映画は、そんな不安を見事に払拭してくれる。
ホラー部分に関してはかなり怖いし、それでいて法廷ドラマもなかなかのレベルだ。
そして、この異質とも思える二つの要素は、感心するぐらい、うまく融合しているのである。


監督・脚本はスコット・デリクソン、製作・脚本はポール・ハリス・ボードマン。
二人はビデオ「ヘルレイザー/ゲート・オブ・インフェルノ」の監督/脚本、
「ルール2」の脚本を手がけるなど、経歴はいかにもB級ホラーの人たちだ。
デリクソンはヴィム・ヴェンダースの「ランド・オブ・プレンティ」の原案も担当しているので、
そればっかり、というわけではないのだが、まあホラー畑には間違いない。
しかし、そんなB級ホラーの人たちは、
ホラー+法廷のジャンルミックスここまで見事にこなしてしまった。
名作「エクソシスト」の域に達した、とまではいかないが、
エポックメイキングであり、エンタテインメント的にもレベルの高い作品に仕上がった。


何よりも怖いホラー演出は、抑えめながらも恐怖感を最大限に煽る。
しかし、その最大の功労者は、新人ジェニファー・カーペンターの演技だろう。
ひとことで言うなら「マジ怖い」。
そのイッちゃった目、恐怖に歪んだ表情、耳をつんざく奇声と悲鳴…
それは観るものに、悪魔が出てくるよりも、はるかに恐ろしい、心理的な恐怖を呼び起こす。
この女優さん、ジュリアード出身の舞台派女優らしいが、
この後のキャリアが心配になるくらいの熱演というか、怪演という感じでもある。


撮影監督を務めたトム・スターンがもたらす、陰りのある映像も恐怖演出に一役買っている。
ミリオンダラー・ベイビー」「ミスティック・リバー」と、
クリント・イーストウッド映画の撮影監督を務めた人物だけに、
光と影の使い方のうまさに加え、どこかもの悲しさをたたえる画面作りが、
この映画のテーマの一つでもある、悪魔に憑かれた少女の苦悩を克明に映し出す。


いわゆる「悪魔裁判」の法廷ドラマも見応えたっぷりだ。
ミスティック・リバー」「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」で、
骨太の美しさを存分に見せつけたローラ・リニーが、野心あふれるブルナー弁護士、
イン・ザ・ベッドルーム」「エターナリ・サンシャイン」の演技派、
トム・ウィルキンソンが過失致死に問われるエクソシストを演じる、という豪華キャスト。
ムーア神父を厳しく追及するトマス検事、キャンベル・スコット(「シングルス」)の、
線の細さにはちょっと物足りなさも感じるのだが、
法廷ドラマならではの、息詰まるような攻防に、
悪魔の存在を思わせるホラー的な要素も交え、緊迫感あるドラマを展開させていく。


キリスト教の影響を受けることの少ない日本人、
ましてや僕のような無宗教な人間には、アンチ・クライストに対する恐怖というのは、
理屈で理解できても、本能的にはなかなか理解できない部分も多いが、
その対策として、ブルナー弁護士を、不可知論者として設定したあたりもうまい。
悪魔の存在に対して、否定的な人間も含めて、
この映画のテーマでもある、恐怖と議論に巻き込んでいく流れが出来上がっている。


もちろん、予告などで煽られているような、
いわゆる「悪魔は存在するか」みたいな部分からは、争点は微妙にずれる。
法廷が判断するのは、あくまで神父に過失はあったか、なかったか、だ。
映画のラストに関しては、もちろん実話に基づく以上、どうこういっても仕方ない。
それに、一法廷で結論が出せる問題じゃないし、
「落としどころ」としてはこんなとこだろうな、という感じだ。
感心するほど素晴らしいラストでもないが、
少なくとも、そこまでの映画の流れを台無しにするようなことは絶対にない。


ジェニファー・カーペンターの怖さが尋常じゃないので、
とても万人向けとは言えないが、それでも観て損はない一本。
もちろん、正統派のホラー好きには見逃せない作品であることには間違いない。
しばらく夜は寝られない、という種類の怖さとは違うが、
じわじわと染み込んでくるような恐怖と、
ちょっとした感動(いい話過ぎる感もあるが)にも出会えるウェルメイドなホラー作品である。