恵比寿ガーデンシネマで「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」

サントラも近く購入予定♪



〝MONSIEUR IBRAHIM ET FLEURS DU CORAN〟
美しい、ひたすら美しい映画に出会ってしまった。
観終わっても、
まぶたの奥には、しばらく映画のさまざまなシーンの残像が残り、
数々のBGM、そしてリズムは、頭の中をよぎる。
たとえばイントロダクションは、映画のセンスが発揮される最初の見せ場だが、
この映画ももちろん、出だしからやってくれる。
パリの下町、ユダヤ人街、ブルー通り。街娼たちを見つめる少年。
Timmy Thomasの〝WHY CATN'T WE LIVE TOGETHER〟のオルガンの調べが響く。
ブルー通りに自分が立っているような錯覚すら呼び起こす。
雑多だけど、きらめく光景、猥雑だけど、ときめく気持ち。
このシーンだけで、映画の成功は約束されたようなものだ。


映画はこの後も、軽快な音楽に乗せてパリの下町風景を描き続ける。
そして、少年とともに旅するイスタンブールの風景はもう、涙ものだ。
また、物語の横軸ともなる、数多くの宗教のそれぞれの教会風景もいい。
それぞれの信者が作り上げてきた信仰の形、そこには荘厳な美しさすら漂う。
終盤まで、美しい場面は飽くことなく繰り出されていく。


愛を知らないユダヤ人少年モイードはある日、
通りの雑貨店〝アラブ人の店〟で、イブラヒムおじさんと出会う。
子どものころに自分を棄てた母、いまはいない兄ばかりを懐かしむ父。
思春期を迎え、ユダヤ人としての自分に疑問を覚え始めたモイードは、
「黄金の三日月地帯」出身の実はトルコ人、イブラヒムおじさんに、
預言者モハメッドにちなんだ〝モモ〟とあだ名をつけられる。
悩みを打ち明けるモモにコーランの教えを説くイブラヒムおじさん。
「幸せだから笑うんじゃない。笑うから幸せになれるんだ」。
おじさんとの交流を通じて、次第にモモは人生の素晴らしさに触れていく。


こう書くと、イスラム教礼賛映画に聞こえる。
でも、全然違うんだな、これが。それは僕の書き方が悪いだけ? ああ、そうね。
確かに構図としては、ユダヤの戒律に縛られた父と、
イスラムの教えで豊かな人生を送るイブラヒムおじさんは対比になっている。
でも、そこに宗教のよしあしとか、そんな醜い思考は微塵も感じられない。


描かれるのは、宗教ではなく、信仰そのものだ。
イブラヒムおじさん自身も、イスラム神秘主義スーフィーの信者。
そして、コーランの教えを誰よりも重く受け止めている。
でも、問題は宗教の種類じゃない。
あくまで宗教は信仰の一形態であって、
コーランの教えを重視するのは、受け売りじゃない人生観として、
イブラヒムおじさん自身の生活観として、身に着けた〝主義〟だからだ。


前述の通り、映画には数々の教会シーンが登場する。
その上、イスラムユダヤの交流だ。
いまの国際情勢から考えたら、もう生臭いこと請け合いのコラボレーション。
でも、ヘンな意味での宗教色が感じられないのは、
こうした〝信仰〟と〝宗教〟に関する、
考え方の棲み分けがしっかりできているからだろうと思う。
宗教学の専門家の人が観て、違うと感じるのだったら、ごめんちゃいなんだが。


この映画のよさは、もちろんほかにもある。
いうまでもないが、オマー・シャリフだ。
この人の瞳、顔のしわ、ひと言ひと言のセリフ、そして笑顔。
どれをとっても、観る者の目を奪う、えも知れぬ輝きを放っている。
アラビアのロレンス」で見せた輝きは、年月を経てさらなるいぶし銀の輝きを放つ。
この映画以後、出演依頼が断たない、という話は、つくづく頷ける。

少年モモを演じたピエール・ブーランジェもいい。すんごくいい。
きれいなばっかり、純粋なばっかりの少年じゃない。
映画の最初にいきなりやることが、貯金はたいて街娼買っての、
〝おさらば童貞〟だったりするんだから、なかなかのヤツなんだが、
そういう部分をすべて描いた上での、複雑な美少年を演じ上げている。
人気出るだろうな、と思ったら、帰りにロビーで等身大立て看板に気づく。
ああ、もうお好きな方はとっくに目をつけてらっしゃるのね。


ここまで書いたら、この映画、ことしのベストなの?
とも思うけど、残念。物足りない点もないわけじゃない。
魅力的なプロット、美しい映像と音楽、完ぺきなキャスト、心に染みるメッセージ。
だが、なのだ。それにもかかわらず、全体的なストーリー構成がいまいち…なのだ。
僕がプロデューサーなら、こうして直して欲しい、と思う点少々。
ま、好みの問題かもしれないけど、
終盤なんかは多少使い古されたテを、安直に使っていたような気がしてならない。
そこまでの、深い思い入れや、ていねいな映画作りが作り上げたムードを、
少しだけ阻害していたな、と個人的には感じた。


とまあ、こんなこと書いちゃうのも、基本的にとっても素敵な映画だから。
映画好きな人にはぜひ、観て欲しい映画だとは思う。
年間ベスト、とはいわないけど、
いつまでも記憶に残りそうな映画であることは、間違いない。
号泣したりはしないけど、きっと心がキュンとなるはずだ。