過剰なドラマは、感動をそぎ落とす

mike-cat2004-08-21

新宿武蔵野館で「天国の青い蝶」、BASED ON TRUE STORYだ。


脳腫瘍で余命わずかな少年の、ただひとつの夢は、
人生の神秘を教えてくれる、幻の蝶「ブルーモルフォ」をその目で見ること。
夢を叶えるべく、少年と母親は、世界的な昆虫学者アランのもとに出向く。
「青い蝶のもとに、僕を連れて行ってください」


監督は「翼をくださいASIN:B00006JIK7 のレア・プール。
昆虫学者を演じるのはウィリアム・ハート
いい映画を期待しない方が、無理というものだ。
プール監督は、女子学生たちの寄宿舎での恋愛を描いた「翼をください」では、
抑えきれない恋愛に暴走する、少女たちの感情を、
美化することなく、しかし細やかに描いていた。
下手すると、神経質さがそのまま出てしまうハートも
ジュリエット・ビノシュと共演した
「カウチ・イン・ニューヨーク」(国内未発売)で、
みずからの神経質さを逆手に取る、余裕の演技を見せていたし、期待大だった。


結果、どうなんだろう。いい映画だったと思うけど、ちょっとやりすぎ。
何はなくても、感動するような内容を、必要以上にドラマチックに演出して、
かえって白々しい映画にしてしまった印象だ。


10歳で余命数ヶ月を告げられた少年の
「なぜ? なぜ僕なの…」という問い掛けで、映画は始まる。
これに、答えることができる人間がいるのだろうか?
もう、気持ちはかき乱された状態で映画は始まる。
この心理状態に、過剰な演出はかえって逆効果だ。


細かい記述はあえてしないが、CGとか、追加エピソードは必要なかった。
実際に起こった「奇跡」があるなら、それを淡々と描けばよかったと思う。
動物、植物、爬虫類、両生類、昆虫…
コスタリカの壮大な自然の映像だけでも素晴らしいのだ。
それを見せてくれれば、奇跡を信じるのは容易だ。


一方で、その「奇跡」が誰もが臨む最高の形でなくても、
の印象も非常に強かった。
最初に投げかけられた、やるせない気持ちの、
収まりどころを何とか見つけることができるはずだ。
だって、夢を叶えることができれば…の気持ちが出発点なのだ。
むろん、現実の世界のことをいっているのではない。
あくまでストーリーの世界で、だ。


ここまで書けば、ネタばれもいいところかもしれないが、
そのへんの消化不良が、この映画に、留保をつけたくなる欠点だ。
映画の面白さに忠実にいくなら、もっと、ほろ苦い結末でよかった。
現実の奇跡に忠実なら、もっと淡い描写でよかった。
このあたりのどっちつかずが、
せっかく好素材を揃えながら、まずまずの映画になってしまった要因だろう。


あとは思ったこと。
「自分が、この昆虫学者の立場になったら…」
少年の依頼、断ったら一生夢見悪い。
応えることのできない内容だったとしたら、
ある意味、一番恐ろしい経験かもしれない。
応えることができる内容であることを、心から祈るだけだろう。


それと、虫の嫌いなあなた。観ないことをお勧めします。
バッタとか、キリギリスの正面顔アップは、なかなか強烈。
虫嫌いに耐えられる映像とは、とても思えない。


予告では、驚愕の津軽三味線スポ根ムービー
オーバードライヴ」が面白そうだった。


出演は柏原収史鈴木蘭々杏さゆり
突如津軽三味線の世界に放り込まれた、天才ギタリスト。
もちろん、ストーリーは決まってる。
三味線勝負に勝利するため、修業が始まるのだ。(笑)


このテの映画は「ブラス」や「シャンプー台の向こうに」でも、
いくらでも名作、佳作、傑作はあるんだが、
クリエイターに「面白い映画を作るぞ」という愛情があれば、
また傑作が生まれるはずのジャンルだ。
ブラス! [DVD] BLOW DRY シャンプー台のむこうに [DVD]
予告だけ観てると、かなりいい感じ。期待して待ちたい。

[小説−海外]だらだらライフにも、ごほうびを

本はまず、F.X.トゥールのボクシング小説「テン・カウント」。
テン・カウント (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ボクシング小説、と聞くと、やはり主人公はボクサーを思い浮かべる。
映画なら「どついたるねん」か「ロッキー」か
漫画なら「あしたのジョー」や「リングにかけろ」(いや、レベルはかなり違うが)に、
しびれまくったクチだ。実際「ボクサーになりたい」とかいってた時期あったし…
いずれも、類い希な素質を持ったボクサーのストーリーだ。
魅力的なトレーナー役は欠かせないが、あくまで脇役だった。


だが、この「テン・カウント」。主役はボクサーではない。
視点はカットマン(止血係のセコンド)であり、トレーナー。
主人公はあくまで、ボクシングそのものだ。
彼らの視点を通して、ボクシングの世界が生々しいまでのディテイルで描かれる。


戦う相手は、相手方のボクサーだけではない。
買収されたレフェリーやジャッジ、
トレーナーらをも欺く味方ボクサー、悪徳プロモーター…
ボクシングは、芸術とも称される、リングの上の崇高な世界だけでない。
リングを取り巻く荒涼とした世界にも、その味わいがある。


専門技術の記述も多いし、勝負の醍醐味よりも、ほろ苦さが勝っている面もある。
決して間口の広い小説とは言い難いが、一読の価値はある、と言いたい。
ただ、オビにある、
ジェイムズ・エルロイの寸評「ソニー・リストン級」は言い過ぎかも。
まあ、あの大傑作「ブラック・ダリアISBN:4167254042
迫力のボクシング・シーンを描いたエルロイなら、
それを語る資格は十分にあるのだけど…