梅田ガーデンシネマで「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」

mike-cat2006-04-28



「MIB」シリーズ、「逃亡者」「JFK」の名優、
トミー・リー・ジョーンズ主演にして監督デビュー作。
カンヌ映画祭では主演男優賞に脚本賞を獲得した。
その脚本は「アモーレス・ペロス」「21グラム」のギジェルモ・アリアガ、
と聞いてしまったら、スカイビルまでの遠いトンネルも何のそのだ。


長くて汚いトンネルを抜け、ようやく劇場にたどり着くと、
前回上映を終えた劇場から大量の客が流れ出してくる。
もしかして、えらく盛況?
缶コーヒーのBOSSのCMにトミー・リーおじさん出てるけど、
その影響だったりもするのだろうか? などとよぶんな思いが頭をよぎる。
いや、たぶん関係はないと思うけど…


舞台はテキサス、メキシコ国境沿いの小さな町。
メキシコ移民のカウボーイ、メルキアデス・エストラーダの死体が、荒野で見つかった。
いいかげんな捜査、いいかげんな検死を終え、いいかげんに埋葬されるメルキアデス。
だが、メルキアデスはこう言い残していた。
「おれが死んだら、故郷のヒメネスに埋めてくれ」
ピート=トミー・リー・ジョーンズは、親友との約束を忘れていなかった。
ルキアデスを射殺した国境警備隊ノートンバリー・ペッパー
そして、メルキアデスの死体を供に、ヒメネスへの奇妙な旅が始まった−。


あらすじを書いていても、何ともつかみどころのない映画だ。
視点はピート、ノートン、そしてその妻など、数々の人物の間を行き来し、
時間軸も「アモーレス・ペロス」「21グラム」同様、前後に行き交う。
縦軸はタイトル通り、メルキアデスの3度の埋葬なのだが、
親友との約束を果たすピートの信念であったり、
殺人の葛藤に悩み、贖罪の旅を強いられるノートンの成長であったり、
ノートンの妻ルー・アン=ジャニュアリー・ジョーンズ(「N.Y.式ハッピー・セラピー」)の、
空虚な生活からの脱出などなど、さまざまな人間模様が横軸を形成する。


感激の涙があふれ出し、止まらない、という種類の映画ではない。
だが、そのドラマは撮影監督のクリス・メンゲスが映し出す、
国境地帯の美しい光景と相まって、美しくも切なく、そしてどこか滑稽でもの悲しい、
こころにじわじわと染み込んでくるような、静かな感動を紡ぎ出す。


約束を果たすべく、破天荒な行動に出るピートの姿がやはり印象的だ。
行動そのものをこと細かく検討していけば、かなり〝おかしい〟。
何しろ、約束を果たすためには、警察をも敵に回す。
法律の裁きが及ばなければ、自らの裁きでことの道義を糺してしまう。
その姿には一種の〝私刑〟のイメージも漂うが、ぎりぎりの微妙なラインは守っている。
一方で、メルキアデスの死体との対峙の仕方は、むしろ滑稽にも映る。
常識的な見方からすれば、冒涜そのものの扱いなんだが、ピートの気持ちは真剣だ。
だから、その突拍子もない行動が、独特のおかしさと切なさを醸し出していく。
絶妙のペーソスにまで昇華された、トミー・リー・ジョーンズの演技、佇まいも最高だ。


そんなピートにも、もちろんグッとくるのだが、
ピートにとらえられ、贖罪の旅を強要されるノートンのドラマがドラマに奥深さをもたらす。
序盤で登場するノートンは、無抵抗の相手ばかりか、
女性にも暴力をふるう、思慮の足りない、ろくでなしの男だ。
妻のルー・アンとともに、ハイスクール時代は学校の人気者。
だが、一度社会に出れば、何者でもないことを思い知らされ、無為に流されていく。
テキサスの田舎町の、トレーラーハウスで、退屈な毎日を送るルー・アンも同じだ。


そんなふたりが、ピートの〝行動〟を通じて、変化し、成長していく。
思いやりも何もない、甘やかされたノートンが、
自分が犯した罪を心から悔い、自らの意志で贖いの旅を続けていく。
死んだ魚のような目で、ゴシップ雑誌をめくっていたルー・アンが、
目指すべき道を見つけ、自分の足で歩き出す。
特にノートンを演じたバリー・ペッパー(「プライベート・ライアン」「25時」)も素晴らしい。
あのクセのある表情が、血と汗と汚れにまみれていく中で、どんどん輝きを増していく。
見ていて何だか、胸に温かいものがこみ上げてくるような、そんな感じだ。


ピートとノートンがたどった旅の結末は、限りなく切なくも美しい。
ルキアデスが〝故郷〟ヒメネスに抱いていた想いを知った時、
その感動は静かな大きな波となって、観るもののこころを打つのだ。


アレハンドロ・・ゴサレス・イニャリトゥ映画でお馴染みの、
アリアガ脚本の切れは相変わらずの冴えを見せているし、
ここ10年で屈指の大傑作「アモーレス・ペロス」の〝兄嫁〟バネッサ・バウチェが、
なかなか味わい深い役柄で登場しているのも、
イニャリトゥ×アリアガ映画のファンとしてはうれしい限りだったりする。
作品の中で流れるカントリーの調べや、アコーディオンの響きもこれまた切なく、たまらない。


なかなかクセは強いけど、忘れられない印象を残す作品だ。
監督トミー・リー・ジョーンズの力量もまざまざと見せつけられた。
ことしここまで(といってもまだ四月だが…)でも屈指の収穫かもしれない。
国境地帯の美しい光景と切ない音楽、そして感動のドラマ…
自信を持って「傑作」と言い切れる作品に出会えたことを、こころから喜びたい。