エリック・ラーソン「悪魔と博覧会」

mike-cat2006-04-30



舞台は19世紀末、万博を控えたシカゴ。
工場の煙と汽車の喧噪のさなかに二人の男が住んでいた。
ひとりは建築家、ひとりはシリアルキラー(連続大量殺人犯)。
二人とも、激しい勢いで二十世紀になだれこもうとしていた
アメリカならではのダイナミズムを象徴していた。


「けちくさい設計図を描くな。小さなプランには人の血を沸きたたせる魔法がない」
ダニエル・H・バーナム 一八九三年シカゴ博覧会建設総監督
「私のなかには生まれつき悪魔がいた。どうしても人を殺さずにはいられない。
 詩人が霊感を得て歌わずにはいられないように」
H・H・ホームズ医師 一八九六年の告白


〝世界博覧会の栄光と異様な犯罪の対照を描く重量級ノンフィクション〟
超大国アメリカの出発点を画した壮麗な博覧会−
 その影に女性を解剖し、殺す美男の医師が潜んでいた〟


シリアルキラーが題材で、ワクワクするのも考えものだが、
これはどう見たって〝買い〟の一冊である。面白くないはずがない。
トム・クルーズとディカプリオが競争で映画化進行中!〟ともある。
確かに、映画化にももってこいの、スペクタクル&サスペンスだろう。
〝MURDER,MAGIC,AND,MADNESS AT THE FAIR THAT CHNEGED AMERICA〟
の原題サブタイトル通り、アメリカを変えたセンセーションが、そこにはあった。
ウォルト・ディズニーヘレン・ケラー、トマス・エディソン、フランク・ロイド・ライト
きら星の如きレジェンドも登場し、〝物語〟を華やかに彩る。


マックス・ウェーバーはこう言ったという。
〝この街は「皮を剥がれた人間」〟
欲望と解放に彩られた新興都市、シカゴは、
ブラック・シティ〟〝二流都市〟の汚名を返上すべく、万博を招致する。
だが、そのシカゴの前には大きな障壁が立ちはだかっていた。
恐慌による不景気、「ウィンディ・シティ」特有の強風、脆弱な地盤、お役所主義の委員会…
そして乗り越えねばならない、何より大きな壁は、
エッフェル塔で世界の度肝を抜いた1889年、パリ万博。


建設総監督として任命を受けたバーナムは、
NYのセントラル・パークを手がけた景観設計家、フレデリック・ロー・オームステッドや、
〝あるもの〟を発明したピッツバーグの技師、ジョージ・ワシントン・ゲール・フェリスら、
さまざまな才能を集め、驚きに満ちた〝マジック・キングダム(魔法の王国)〟を創り出す。
ブラック・シティ〟の中に創られた〝ホワイト・シティ〟は、
その後のアメリカの建築界に多大なる影響を与えたという。
壮大なスペクタクル、そしてロマンは、スティーヴン・ミルハウザーの、
ピューリッツァ賞受賞作の「マーティン・ドレスラーの夢」にも通じる、圧倒的な輝きを放つ。


その一方で、同時期にロンドンの街を震え上がらせた、
ジャック・ザ・リッパー〟とも肩を並べる、シリアルキラーが、
ただでさえ暗いシカゴのダークサイドに、漆黒の闇を浮き上がらせる。
医師の美しい顔に隠された、その素顔はまさに悪魔。
巧妙な手口で誘い出し、手にかけ、闇に葬り去った数は200人ともいわれる。
シカゴ・タイムズ・ヘラルドはこう論評したという。
「この男は悪の天才であり、人の姿をした悪魔だ。
 人の想像を超えた存在、どんな小説家でもあえて想像しようとしない人物である。
 この事件もまた世紀末をいろどる逸話の一つとなるだろう。」


だが、このヘラルドの論評はことごとく外れた。
サイコパス人格障害)、社会病質者による犯罪は、
世紀末をいろどるどころか、現代社会における犯罪の一ジャンルにまでなっているし、
トマス・ハリス羊たちの沈黙 (新潮文庫)」のハンニバル・レクター博士のように、
一種のスターのような登場人物にさえなる時代が到来したのだ。


こうした興味深い歴史を再現するのは、
ラーソンの情緒性豊かな筆致がもたらす、さまざまな人間模様でもある。
だから、〝重量級ノンフィクション〟といいつつも、この本はとても読みやすい。
万博の成功を祈りつつ、ホームズ医師の狂気にハラハラする。
実のところ、バーナムとホームズの直接接触はないのだが、
ふたつの物語は、表裏一体のように当時のシカゴを映し出していく。
そして迎えるラストの、ちょっとしたサプライズも、なかなかに感慨深い。
読み終わって、思わずうなること、請け合いだ。


重量級、だけど一気読み必至、という希有な傑作ノンフィクション。
映画化に関わるのがトムクル、レオナルド・ディカプリオ(たぶん制作だけだろうけど)
というのは、ちょっと微妙な感もするが、それでも見逃せない映画になりそう。
だが、その前に間違いなくこの本そのものが、見逃せない一冊だ。

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